拝啓、シーシュポス

元気にやっていますか?
私は相変わらず、曖昧な空白とともにふらふらする毎日です。
健体壮美なあなたのことだから大丈夫だとは思いますが、
くれぐれもお体にはお気をつけください。

2011/04/17

A crying man

彼が泣くのを聞いたのは初めてだった。電話の向こうで言った「悔しい」という言葉の末尾は涙に埋もれていた。彼は本来人に弱みを見せるような人間ではなかったから、その突然の告白と嗚咽は、彼の中心からとめどなく溢れ出る何かの強大な力を僕に意識させた。体の不自由と痛みは、彼の中心にある何かを確実に蝕み、その排泄物を着々と蓄積していた。
僕はとても悲しい気持ちになった。どんな理由があるにせよ、70歳になろうとする人間が、自分の人生を否定するような言葉を漏らした、それはとても悲しいことだった。彼は昔よく、人様と自分は違う、おまえはおまえだと言って、私をたしなめた。私はそのとき彼にその言葉を返したかったけど、言葉にならなかった。
幸せに生きろとか、元気になれとは言わない。ただ自分の人生を自信を持って生きてほしい。どんなに苦しくても無様でも、全てを受け止めて生き抜く姿勢を見せてほしい。あなたの頑固さと堅実さは、僕にある種の自由への羨望を植え付けた。僕の自由は僕の望みをあなたに強要はしないから、あなたがどんな思いで自分の人生を振り返ろうとも、受け止めて生きていくだろう。ただ、出来ればもうこれ以上僕を遠くへ飛び立たせないでほしい。 あなたが僕に与えた自由を僕はそんな風に使いたくはないから。

2011/01/16

強風でクローズアウトしたサーフポイントで

ラウニオン、フィリピン。
マニラから車で北上すること5時間。サーフィンのためのショートトリップ。
金曜の深夜に出発し、日曜の午前中には帰路に着く。だから実際にサーフィンをすることができるのは、土曜の午前・午後、日曜の朝一の三回だけだ。サーフィンが好きだとしてもこの往復10時間の移動に耐えられない人は多いはずだ。
土曜の早朝に到着し、車の中で一眠りしてからサーフィンをする。だけど今回僕はこのトリップでボードを購入する予定だったから、海辺に1件だけあるサーフショップがオープンするのを待った。その間宿のカフェでパンケーキを食べ、その後また海辺のベンチで眠った。
サーフボード購入の交渉がまとまりかけたころ、徐々に風が強くなり始め、30分も経つと歩くのに抵抗を感じるほど強風になった。サーフショップから見渡せるポイントの海面は白く毛羽立ち、サーフボードに跨る人影を見つけることはできなかった。僕は宿に戻り、また眠った。
午後になっても風は変わらなかった。むしろ強くなったかもしれない。車で5分程行った別のポイントではできるかもしれないと友達は言ったが、車で5分の距離にある海岸の状況が目の前のポイントと大きく違うなんて想像できなかったし、目の前にサーフポイントが存在する宿の前からさらに車で移動してサーフィンするのが何とも億劫だったので、午後のサーフィンもあきらめた。
僕は代わりにサンフェルナンドの町を徘徊することにした。
町は賑わっていて、たくさんの人が歩いていたけれど、どの店を覗いても欲しいものなんて見つからなかったし、暇つぶしになる娯楽なんて存在しなかった。ビニールとプラスチックでできた大量の模造品、むせ返るような油のにおいを立上らせる屋台、コンクリートの上にござを敷いて野菜を売る人々。僕は黄色いビーチサンダルを履いて、ただ当てもなく町を歩き回った。10年以上前に日本で売られていただろう、背面の飛び出たブラウン管テレビが電気屋の店頭で日焼けしているのを見て、フリーザの第二変身を思い出した。

泊まった宿の近くには40~50歳で早期リタイアした日本人が何人も住んでいた。朝起きては波の様子を見に出かけ、夜寝る前には明日の波予報を気にかける。地元のサーファーと友達になり、たまに遊びに来る日本人に声をかける。お金の心配はないし、日本の経済状況や政治が心を煩わせることもない。時折サンフェルナンドの町へでかけるだろう、数少ないレストランで食事をするために。あまりにも自由、そして退屈。この先まだ少なくとも30年はあるだろう人生を彼らはどうやって生きていくのだろう。

前回ブログを書いたのは約3ヶ月前、フィリピンに引っ越してくる直前のことだ。 この3ヶ月間は、新しい環境と仕事に慣れるのに必死だったし、それがまた楽しかった。英語を勉強し、話せるようになっていく過程はまるでもう一つの人生を生きているようだから、日本にいるときに常に感じていた、窒息してしまいそうな閉塞感を感じることはなかった。もちろんまだまだ習熟しなければならないことはたくさんあるから、しばらくはこの緊張感、充実感は続くだろう。でも僕は知っている、すぐ近くに倦怠と退屈が待ち構えていて、油断をするとすぐに飲み込まれてしまうことを。そして僕自身退屈な人間であることを。

強風のおかげでぽっかりと空いた海辺の町での一日、日々目の前のことに没頭する日常にできた隙間。
数少ない店頭品から選んだサーフボード、6"0 × 20 1/2 × 2 5/8。

2010/09/28

ノースショア、ハワイ

9月4日の正午、僕はノースショアのとあるバス停に降り立った。
バス停はスリーテーブルと呼ばれるビーチの目の前にあり、コバルトブルーの海と岩のように切り立ったリーフが見えた。
冬には巨大な波が押し寄せるノースショアだが、まだ冬のうねりは届いておらず、湖のように静かな海面だった。
シュノーケリングやダイビングを楽しむ観光客がたくさんいて、サーフィンを期待していた僕としては肩透かしを食らった格好となった。
まだ冬でないとはいえ、冬には身長の何倍もの波がブレイクする海岸のこと、それなりの波はコンスタントにあるだろうと予想していたが、自然の摂理は厳格だった。

太陽は高くて、空は青かった。
僕は海の向かいにある山をバス停から見上げた。
この山を5キロほど行ったところに僕の目的地があるはずだった。
その目的地には他人の家(もちろんアメリカ人の)があり、僕はそこに3週間泊り込むことになっていた。
いわゆるホームステイというやつだ。
英語の勉強半分、サーフィン半分。
意図的に設けた人生の空白(ブランク)をそんな風に塗りつぶそうと考えていた。

家は路地の行き止まりにあった。
バス停からホームステイ先までは歩く予定だったが、たまたま通りかかったトラックの荷台に乗せてもらうことができた。
もし歩いていたら、相当大変だっただろう。大きなリュックサックを前後に2つ背負っていたし、歩いていく先が"山"であることを完全に見落としていたから。
庭では旦那のZook(ズーク)がガーデニングを楽しんでいて、たどたどしい僕を笑顔で迎えてくれた。
その後玄関から妻のLindy(リンディ)がすぐに出てきて、こちらもはじけるような笑顔で迎えてくれた。
僕は苦手な笑顔をできるだけ自然に出せるよう努力しながら、拙い英語で挨拶をした。
家に入ると部屋に案内され、それからランチに手作りの豆スープを食べた。
ランチの後、長旅で疲れているだろうから少し眠るかと聞かれたので、少し眠りたいと正直に答えた。
長い一日の二回目の昼過ぎの昼寝だった。
部屋は家の北側にあり、昼間でも薄暗く、ひんやりしたベットは心地よかった。


Zook。57歳。元プロサーファーで、今はワインのバイヤー。
今でもロングボードに乗っていて、今年の冬用に新しいボードをスタンバイ済み(友達のBUSHMANがシェイプしたガン)。
Sunsetがお気に入りのポイントで、常にいい波に目を光らせているビックウェーブキラー。
平日でもいい波がくると、仕事そっちのけでサーフィンに出かける。
14歳の頃にサーフィンをやりたい一心でメインランドから引っ越してきて以来ノースショアの住人。
地元のサーファーの間では超有名で、誰からも尊敬されている。
庭で育てているハーブと花たちをこよなく愛している。
若い頃はレストランで働いていたこともあり、料理の腕も超一流。
基本的に毎日ディナーを作り、ワインとのマリアージュ研究もかかさない(おかげで毎日最高のディナーだった)。

Lindy。61歳。普段は臨時教師。今回のホームステイのイングリッシュ・ティーチャー。
とても明るく大の人好きで、誰にでもすぐに話しかける(そのおかげで僕もたくさんの人と話す機会を得ることになる)。
友達が超多い。「あら、FaceBookの未読メッセージが2000件くらい溜まっているわ」とつぶやくのを一度聞いた。
こちらもカルフォルニア出身の生粋サーファーで、現役。
3週間の滞在中、ほぼ毎日僕と一緒に海に入りサーフィンをしていた(半分以上はサーフボードではなくボディーボードを使用していたが、それでも驚異的な体力)。
料理はちょっと苦手。朝食用のスープが得意料理。
電話での友達とのおしゃべりが大好き。
ペットの猫2匹をこよなく愛している。


そんなわけで僕のサーフィン漬けの生活は始まった。
最初の一週間ノースショアは湖だったので、Lindyがサウスショアまで毎日車で連れて行ってくれた。
これはホームステイの枠を超えた、完全なる好意だ。
毎日いくつかのポイントを見て回り、比較的よい波がたつポイントでサーフィンをした。
頭より大きな波が来ることはあまりなかったが、それでも千葉の海と比べるとアベレージは遥かに高かった。
英語のレッスンは机に向かって教科書を開くというものではなく、サーフポイントへ向かう車の中で会話中心にやってもらった。
レッスンというか、お互いの過去や家族のこと、趣味や歴史、哲学的なことまで、思ったこと・考えたことを何でも話し合った。
発音改善とスピーキング力向上が目的の僕にとって最善のレッスン方法であるだけでなく、サーフィンも楽しめてしまう一石二鳥の時間の使い方だった。
波がよくない日やちょっと疲れた日には、シュノーケリングを楽しんだり、ハイキングに行ったり、博物館に行ったりした。
週末はZookも一緒だった。

二週目の真ん中辺りから少しずつノースショアにうねりが入り始め、三週目には本格的な冬の到来を告げるパワフルな波が届くようになった。
ほとんど全てのポイントが、僕の実力では到底サーフィンすることができないほど大きくて力強い波になった。
海底がリーフで浅いことが多いノースショアのサーフポイントでは、実力以上の海に入ると間違いなく大怪我をすることになる。
シュノーケリングで楽しんだ海底の美しさは、死をも連想させる恐怖に変わっていた。
今度は逆にできるだけ小さく、イージーな波がブレイクするポイントを探さなければならなかった。
小さいといってもセットが入ると身長の1.5~2倍は確実だ。
ローカルのタフガイと競って波を取るのは難しく、強いカレントとスープは体力を激しく削った。
ほとんど波をキャッチできない日が多かったが、純粋に、ただそれだけに集中して挑戦できる、そんな毎日は素敵だった。

ZookとLindyは僕を本当の息子のようにかわいがってくれた。
最後には「友達としていつでも戻ってきなよ。」とまで言ってくれるようになった。
拙い英語に苦労し、サーフィンに挑戦し続ける毎日は、まるで少年時代のようだったから、その言葉はまるで第二の故郷を僕に与えてくれているようだった。
僕はハワイのノースショアで第二の家族を手に入れた。

追伸、
最終日、Haleiwaで何度も波を捉まえられたのは本当にうれしかった。
6'4×19"×2 7/16"

2010/08/29

Why do Japanese work so hard?

日本人はなんでそんなにがんばって働くのか。
多くの人はこう答えるだろう、生活をするために必死に働いているのだと。
ふむ、当たり前だ。
しかし、西堀栄三郎という人の「日本人はなぜよく働くのか(英題:Why the Japanese Work So Hard)」というエッセイを読んで、気付いたことがあった。
このエッセイは、日本の高度成長期に書かれたと思われるので現在と事情はちょっと違うのだが、
氏の主張は以下のような感じだ。
日本人は会社に対する帰属意識が強い。
会社に対して家族的な一体感を抱き、ある一つの目的を与えるとみんなで力を合わせて頑張ろうという意識を持つようになる。
家族的な一体感、つまり、一番大切な人たちのためにという意識で働くので、働かされているという意識は全くない。
この団結は、逆境であればあるほど強くなる。
今となっては、「会社に対する帰属意識」を持っている人間は大分減ってしまった。
特に若い世代であればあるほど、帰属意識を持っている人は少ないはずだ。
残っているとすれば、優良大企業のサラリーマンか公務員ぐらいだろうか。
家族のために働く、今でもほぼ全ての労働者が心のうちに秘める強い思いが、会社という働く組織自体に適用される時代があった。
それは欧米化による個人自由主義の台頭によって薄れ、忘れ去られつつある。いや、むしろ会社を家族とみなすなんて、荒んだ心が為し得る考え方だとみなされる。
きっと会社を家族のように感じる人間にとっては、サービス残業やライフワークバランスなんて概念を思い付くのも難しかったはずだ。全ての仕事は、愛によって、愛のために行われるのだから。
でもその考え方はもう失われてしまっていて、取り戻すことはできない。
もし、この失われてしまった帰属意識が戦後日本の高度経済成長を支えてきた要だったとしたら、
私たちは革新的な方法を持って今の経済危機を乗り越えていかなければならない。
私たちは今もなお家族を愛するが、もう会社のためには働けない。
それはただの抽象的なダンボール箱のようなもので、働くための手段でしかないことを知ってしまったからだ。
私たちは相変わらず頑張って働く。愛するもののために。

2010/08/22

なぜ日本の未来は暗いのか

答え:
国が経済成長していくためにとらなければならない戦略と、個人レベルで幸福になるための戦略が噛み合っていないから。

国は中長期の視点での発展を見据えなければならないが、多くの個人にとっての幸福とは目の前の現実が全て、つまり短期的であり(当たり前だが)、その2つが全く逆の方向を向いている。 
日本が今後さらなる経済的発展を遂げていくためには何が必要なのか。
経済的発展というのは、GDPが増加していくことであるわけだから、以下の3つのいずれかが必要だ。
  1. 労働人口を増加させる。
  2. 設備投資を促進し、生産力を向上させる。
  3. 技術革新によって新たな製品・サービスを生み出す。
簡単に言うとこんな感じだと思うが、これらを阻害する要因は何か。
いくつか考えられると思うが、その一つとして考えられるのが正社員とか公務員とかいった既得権益に守られている役立たずなオッサンたちだ。
何もできないオッサンには退場してもらわなければ、無駄なお金をオッサンに貢ぐことになり、未来の労働力である若者が仕事からあぶれ、設備や製品・サービスへの投資にマイナスの力が働く。
しかし、オッサンの立場からすれば寝耳に水で、この歳で放り出されたらどうやって生活していけばいいんだ?ということになる。今までだって多くの人間がそうしてきたし、なんでそのツケを今自分だけが払わなければならないのか、と(正確にいうと"オッサン"ではなく、対象の職務能力のない人間だが)。
まあしかしオッサンたちは安全だ。日本にはかなり強力な解雇規制というものがあるらしい。
詳しくは知らないが、これ↓を読んでなるほどなと思った。
しかし政治家が、まったく問題を認識していないわけではない。先日、ある党の勉強会で雇用問題の話をしたら、元党首が「あなたのいうことは理屈の上ではよ くわかる。私も個人的には賛成だが、選挙で解雇規制を緩和するなんていったら絶対に勝てない」といった。増税と同じで、政権基盤のよほど強い政権でない と、手はつけられないだろう。

硬直的な労働市場は単なる労使問題ではなく、世代間の不公平を拡大し、人的資源の効率的配分を阻害して潜在成長率を低下させている。政治家が解雇規制の問題をタブーにしている限り、どんな「成長戦略」を打ちだしても日本は成長できない。それはデフレがどうとかいう問題より100倍ぐらい重要な、日本経済の最大のボトルネックなのである。
解雇規制の緩和が、必ずしも全ての人にとって不利益なことになるわけではないのに、それをマニフェストにすると選挙に勝てないということは、既得権益を剥奪されはしまいかとハラハラしているオッサンがかなりの数潜んでいるということだ。まさにこれが潜在成長率。
しかし、オッサンを強く責める気にもならない。
高齢化や労働人口の低下も含めて、資本主義経済の中で先進途上国が直面する究極的課題の一つのような気がするからだ。今後、世界の先進途上国に同じような状況が生まれる、そんな気がする。

2010/07/18

自由とは何か -

全く同じ景色を眺めているとしても、それがどう見えるかは人それぞれだ。
同じ景色を眺めて、体が震えるような絶景を見る人もあれば、全くの暗闇を見る人もいるだろう。
なぜか。
それは、人それぞれ見るための「前提条件」が異なるからだ。
前提条件とは、目の前に映し出される景色が意味するものを思索する力である。
その思索を自分自身の人生にとって意義のある何かと結びつけるだけの実行が伴ったとき、
人はそれを「自由」と呼ぶ。
自由とは、自分自身の頭で考えて、決定し、行動する力を持つことだ。

人は知らないことを思索することはできない。
思索することの前提条件は「知る」ことだ。
人はそれを「学び」と呼ぶ。
つまり、人は自由になるために学ぶ。

自由になるために学ぶということを認識できたとき、
全ての学習は、忽然と光を放ち始めるだろう。
目の前の景色に太陽が昇り、世界の広さを知るだろう。
人生がエキサイティングになるのを感じるだろう。

Learning makes a life exciting.

2010/07/03

マニラ、フィリピン

ぼくは30歳だった。それが人生でもっとも脂の脂が乗った時だなんて誰にも言わせない。

なぜ海外で働くことを目指したのか
  • 心を沸き立たたせるエキサイティングな何かが身近に見つからなくなったから。
  • 明らかに縮小する国内市場で報われない努力を続けることに希望が持てなくなったから。
  • くそったれな日本の労働環境からオサラバしたかったから。
  • 英語でビジネスをする実力を確立したかったから。
  • 国境を越えて生きていく力を身につけたかったから。

なぜフィリピンで働くことを選んだのか
  • 月電ソフトウェアのブリッジSE求人募集にタイミングよく出合ったから。
    ⇒ 入社時に求められる英語のレベルが低かった。
    ⇒ 勤務条件がかなりよかった(給料、コンドミニアム)。
    ⇒ オフショアビジネスの長年の実績に魅力を感じた。
    ⇒ 短期のプロジェクトアサインでなく、長期滞在を前提とした求人だった。
  • 英語を公用語としており、他のオフショア実施国に比較して訛りが少ないと思われるから。
  • 一年中温暖な気候、日本から飛行機で4時間弱、時差1時間。
  • 海がきれいでサーフィンができそうだから。
  • 発展途上国で物価が安く、生活費が安く抑えられるから。

    2010/06/20

    MBTI - タイプ別性格判断の16類型

    このブログで紹介されていた性格判断テストみたいなのをやってみた。
    ⇒タイプ別性格判断
    4つの観点の組み合わせで性格を判断するものらしい。
    1. 外向(E)型 or 内向(I)型
    2. 現実(S)型 or 直感(N)型
    3. 思考(T)型 or 情緒(F)型
    4. 規範型(J)型 or 柔軟型(P)型
    やってみた結果がこれ↓
    INTJ型:どんなことにも改善の余地がある

    あれこれと際限なく可能性を思いつき、それがTJ型の面と結びつくと、しょっちゅう何でも改善したくなる。
    すぐに「もっといい考えがある」と思いつき、言葉、計画、構想、着想、そして人まで、なんでも改善の余地があると思う。
    INTJ型の目には、最善のものでもまだまだ改善できると映る。
    元来、組織に向いているので、気がついたらその組織のトップになっていることも多い。
    全体を見通せるだけでなく、複雑に入り組んだ部分も見える(N型)、何事もとことんやるタイプ(J型)なので、達成率が高い。
    人からは仕事が出来る、適切なことを言う、機会を逃さないと見られる。
    十六のタイプのうちでINTJ型がひと際独立独行型で、「マイ・ウェイ」がテーマソングといっていいほどだ。
    NT型の入っているほかのタイプと同じで、この独立独行のところが、人からはしばしば傲慢な感じに見られて、なかなか深い付き合いにまで発展しない。
    仕事でも遊びでも、よくお高くとまっていると見られ、理屈っぽいと思われることもある。
    INTJ型にしてみれば、他意はないので、よそよそしいとか気配りにかけるようだと非難されると、びっくりする。
    議論することで理解を深めるNT型だが、本人は「友好的な話し合い」と思っているのに、ほかの人からは敵愾心を剥き出しにした嫌な奴と見られがちだ。
    INTJ型は女性よりも男性のほうが多い。
    だから、独立心が強く理屈っぽいINTJ型の女性は、従来のいわゆる女らしさに欠けるのではないかと感じてしまいがちだ。
    とてもよく当たっていると思われ。。。
    あくまでタイプで、「いい」とか「悪い」はないらしいが、"ひと際独立独行型で"っていうのがちょっとうれしかった。

    2010/05/30

    クラウド・コンピューティング - 契約する前に気をつけるべき5つのこと

    The Dangers of Cloud Computing - NETWORK WORLD
    夏井教授のブログで紹介されていた記事。
    よくまとまっていたので覚書を。
    1. クラウド・プロバイダーを監査する権利があるか。
    2. データは暗号化して保存されるか。また、その鍵を自社で保管しているか。
    3. デジタル・フォレンジックの手段が提供されるか。
    4. クラウド・サーバに対してペネトレーションテストを実施できるか。
    5. 自然災害発生時、契約終了時のデータ取り扱い(破棄)方法が規定されているか。
    実際に契約の内容を読んだことはないけれど、
    現段階ではどれも実際には提供されていないんではないか、という感じがする。
    提供されているとして5くらいか。他のヤツはちょっと手間がかかる。
    情報セキュリティの常識から考えればどれも当たり前のことだが、
    プロバイダから言わせれば「めんどくせ~」的なものばかり。
    情報セキュリティも雲の中にあるようでは、とても危険だ。
    その危険性をよく認識するためには、まずは僕たちの脳ミソを雲の中から脱出させなければならない。

    2010/05/29

    Do you believe yourself? - いつでも真っ直ぐ歩けるか

    一見キラキラして人目を惹くようなものは、手にとってみるとガラクタだったってことはよくある。
    逆に自分にとってエキサイティングな何かを掴み取ろうとするとき、それがとても馬鹿げたことに見えたり、とても恐くなったりする。
    僕は今、僕の人生にとって大きな決断をしようとしている。
    それはひどく孤独で、地道な作業だ。
    もちろん僕がそれを望んでいるのだから、楽しんでいる側面もあるのだけれど。

    今日たまたまYouTubeで見たブルーハーツのライブ映像。
    あまりにも今の自分の心境にぴったりとくる歌詞で涙が出そうになった。
    甲本ヒロト、やっぱり僕の永遠のヒーローだ。
    『月の爆撃機』 THE BLUE HEARTS

    ここから一歩も通さない
    理屈も法律も通さない
    誰の声も届かない
    友達も恋人も入れない

    手がかりになるのは 薄い月明かり

    あれは伝説の爆撃機
    この街もそろそろ危ないぜ
    どんな風に逃げようか
    全ては幻と笑おうか

    手がかりになるのは 薄い月明かり

    僕は今 コックピットの中にいて
    白い月の 真ん中の 黒い影
    さび付いたコックピットの中にいて
    白い月の 真ん中の 黒い影

    いつでも真っ直ぐ歩けるか
    湖にドボンかもしれないぜ
    誰かに相談してみても
    ぼくらの行く道は変わらない

    手がかりになるのは 薄い月明かり
    手がかりになるのは 薄い月明かり

    本当に大切なものなんて、そんなにたくさんない。
    Believe myself !