元気にやっていますか?
私は相変わらず、曖昧な空白とともにふらふらする毎日です。
健体壮美なあなたのことだから大丈夫だとは思いますが、
くれぐれもお体にはお気をつけください。

2010/09/28

ノースショア、ハワイ

9月4日の正午、僕はノースショアのとあるバス停に降り立った。
バス停はスリーテーブルと呼ばれるビーチの目の前にあり、コバルトブルーの海と岩のように切り立ったリーフが見えた。
冬には巨大な波が押し寄せるノースショアだが、まだ冬のうねりは届いておらず、湖のように静かな海面だった。
シュノーケリングやダイビングを楽しむ観光客がたくさんいて、サーフィンを期待していた僕としては肩透かしを食らった格好となった。
まだ冬でないとはいえ、冬には身長の何倍もの波がブレイクする海岸のこと、それなりの波はコンスタントにあるだろうと予想していたが、自然の摂理は厳格だった。

太陽は高くて、空は青かった。
僕は海の向かいにある山をバス停から見上げた。
この山を5キロほど行ったところに僕の目的地があるはずだった。
その目的地には他人の家(もちろんアメリカ人の)があり、僕はそこに3週間泊り込むことになっていた。
いわゆるホームステイというやつだ。
英語の勉強半分、サーフィン半分。
意図的に設けた人生の空白(ブランク)をそんな風に塗りつぶそうと考えていた。

家は路地の行き止まりにあった。
バス停からホームステイ先までは歩く予定だったが、たまたま通りかかったトラックの荷台に乗せてもらうことができた。
もし歩いていたら、相当大変だっただろう。大きなリュックサックを前後に2つ背負っていたし、歩いていく先が"山"であることを完全に見落としていたから。
庭では旦那のZook(ズーク)がガーデニングを楽しんでいて、たどたどしい僕を笑顔で迎えてくれた。
その後玄関から妻のLindy(リンディ)がすぐに出てきて、こちらもはじけるような笑顔で迎えてくれた。
僕は苦手な笑顔をできるだけ自然に出せるよう努力しながら、拙い英語で挨拶をした。
家に入ると部屋に案内され、それからランチに手作りの豆スープを食べた。
ランチの後、長旅で疲れているだろうから少し眠るかと聞かれたので、少し眠りたいと正直に答えた。
長い一日の二回目の昼過ぎの昼寝だった。
部屋は家の北側にあり、昼間でも薄暗く、ひんやりしたベットは心地よかった。


Zook。57歳。元プロサーファーで、今はワインのバイヤー。
今でもロングボードに乗っていて、今年の冬用に新しいボードをスタンバイ済み(友達のBUSHMANがシェイプしたガン)。
Sunsetがお気に入りのポイントで、常にいい波に目を光らせているビックウェーブキラー。
平日でもいい波がくると、仕事そっちのけでサーフィンに出かける。
14歳の頃にサーフィンをやりたい一心でメインランドから引っ越してきて以来ノースショアの住人。
地元のサーファーの間では超有名で、誰からも尊敬されている。
庭で育てているハーブと花たちをこよなく愛している。
若い頃はレストランで働いていたこともあり、料理の腕も超一流。
基本的に毎日ディナーを作り、ワインとのマリアージュ研究もかかさない(おかげで毎日最高のディナーだった)。

Lindy。61歳。普段は臨時教師。今回のホームステイのイングリッシュ・ティーチャー。
とても明るく大の人好きで、誰にでもすぐに話しかける(そのおかげで僕もたくさんの人と話す機会を得ることになる)。
友達が超多い。「あら、FaceBookの未読メッセージが2000件くらい溜まっているわ」とつぶやくのを一度聞いた。
こちらもカルフォルニア出身の生粋サーファーで、現役。
3週間の滞在中、ほぼ毎日僕と一緒に海に入りサーフィンをしていた(半分以上はサーフボードではなくボディーボードを使用していたが、それでも驚異的な体力)。
料理はちょっと苦手。朝食用のスープが得意料理。
電話での友達とのおしゃべりが大好き。
ペットの猫2匹をこよなく愛している。


そんなわけで僕のサーフィン漬けの生活は始まった。
最初の一週間ノースショアは湖だったので、Lindyがサウスショアまで毎日車で連れて行ってくれた。
これはホームステイの枠を超えた、完全なる好意だ。
毎日いくつかのポイントを見て回り、比較的よい波がたつポイントでサーフィンをした。
頭より大きな波が来ることはあまりなかったが、それでも千葉の海と比べるとアベレージは遥かに高かった。
英語のレッスンは机に向かって教科書を開くというものではなく、サーフポイントへ向かう車の中で会話中心にやってもらった。
レッスンというか、お互いの過去や家族のこと、趣味や歴史、哲学的なことまで、思ったこと・考えたことを何でも話し合った。
発音改善とスピーキング力向上が目的の僕にとって最善のレッスン方法であるだけでなく、サーフィンも楽しめてしまう一石二鳥の時間の使い方だった。
波がよくない日やちょっと疲れた日には、シュノーケリングを楽しんだり、ハイキングに行ったり、博物館に行ったりした。
週末はZookも一緒だった。

二週目の真ん中辺りから少しずつノースショアにうねりが入り始め、三週目には本格的な冬の到来を告げるパワフルな波が届くようになった。
ほとんど全てのポイントが、僕の実力では到底サーフィンすることができないほど大きくて力強い波になった。
海底がリーフで浅いことが多いノースショアのサーフポイントでは、実力以上の海に入ると間違いなく大怪我をすることになる。
シュノーケリングで楽しんだ海底の美しさは、死をも連想させる恐怖に変わっていた。
今度は逆にできるだけ小さく、イージーな波がブレイクするポイントを探さなければならなかった。
小さいといってもセットが入ると身長の1.5~2倍は確実だ。
ローカルのタフガイと競って波を取るのは難しく、強いカレントとスープは体力を激しく削った。
ほとんど波をキャッチできない日が多かったが、純粋に、ただそれだけに集中して挑戦できる、そんな毎日は素敵だった。

ZookとLindyは僕を本当の息子のようにかわいがってくれた。
最後には「友達としていつでも戻ってきなよ。」とまで言ってくれるようになった。
拙い英語に苦労し、サーフィンに挑戦し続ける毎日は、まるで少年時代のようだったから、その言葉はまるで第二の故郷を僕に与えてくれているようだった。
僕はハワイのノースショアで第二の家族を手に入れた。

追伸、
最終日、Haleiwaで何度も波を捉まえられたのは本当にうれしかった。
6'4×19"×2 7/16"

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