元気にやっていますか?
私は相変わらず、曖昧な空白とともにふらふらする毎日です。
健体壮美なあなたのことだから大丈夫だとは思いますが、
くれぐれもお体にはお気をつけください。

2011/01/16

強風でクローズアウトしたサーフポイントで

ラウニオン、フィリピン。
マニラから車で北上すること5時間。サーフィンのためのショートトリップ。
金曜の深夜に出発し、日曜の午前中には帰路に着く。だから実際にサーフィンをすることができるのは、土曜の午前・午後、日曜の朝一の三回だけだ。サーフィンが好きだとしてもこの往復10時間の移動に耐えられない人は多いはずだ。
土曜の早朝に到着し、車の中で一眠りしてからサーフィンをする。だけど今回僕はこのトリップでボードを購入する予定だったから、海辺に1件だけあるサーフショップがオープンするのを待った。その間宿のカフェでパンケーキを食べ、その後また海辺のベンチで眠った。
サーフボード購入の交渉がまとまりかけたころ、徐々に風が強くなり始め、30分も経つと歩くのに抵抗を感じるほど強風になった。サーフショップから見渡せるポイントの海面は白く毛羽立ち、サーフボードに跨る人影を見つけることはできなかった。僕は宿に戻り、また眠った。
午後になっても風は変わらなかった。むしろ強くなったかもしれない。車で5分程行った別のポイントではできるかもしれないと友達は言ったが、車で5分の距離にある海岸の状況が目の前のポイントと大きく違うなんて想像できなかったし、目の前にサーフポイントが存在する宿の前からさらに車で移動してサーフィンするのが何とも億劫だったので、午後のサーフィンもあきらめた。
僕は代わりにサンフェルナンドの町を徘徊することにした。
町は賑わっていて、たくさんの人が歩いていたけれど、どの店を覗いても欲しいものなんて見つからなかったし、暇つぶしになる娯楽なんて存在しなかった。ビニールとプラスチックでできた大量の模造品、むせ返るような油のにおいを立上らせる屋台、コンクリートの上にござを敷いて野菜を売る人々。僕は黄色いビーチサンダルを履いて、ただ当てもなく町を歩き回った。10年以上前に日本で売られていただろう、背面の飛び出たブラウン管テレビが電気屋の店頭で日焼けしているのを見て、フリーザの第二変身を思い出した。

泊まった宿の近くには40~50歳で早期リタイアした日本人が何人も住んでいた。朝起きては波の様子を見に出かけ、夜寝る前には明日の波予報を気にかける。地元のサーファーと友達になり、たまに遊びに来る日本人に声をかける。お金の心配はないし、日本の経済状況や政治が心を煩わせることもない。時折サンフェルナンドの町へでかけるだろう、数少ないレストランで食事をするために。あまりにも自由、そして退屈。この先まだ少なくとも30年はあるだろう人生を彼らはどうやって生きていくのだろう。

前回ブログを書いたのは約3ヶ月前、フィリピンに引っ越してくる直前のことだ。 この3ヶ月間は、新しい環境と仕事に慣れるのに必死だったし、それがまた楽しかった。英語を勉強し、話せるようになっていく過程はまるでもう一つの人生を生きているようだから、日本にいるときに常に感じていた、窒息してしまいそうな閉塞感を感じることはなかった。もちろんまだまだ習熟しなければならないことはたくさんあるから、しばらくはこの緊張感、充実感は続くだろう。でも僕は知っている、すぐ近くに倦怠と退屈が待ち構えていて、油断をするとすぐに飲み込まれてしまうことを。そして僕自身退屈な人間であることを。

強風のおかげでぽっかりと空いた海辺の町での一日、日々目の前のことに没頭する日常にできた隙間。
数少ない店頭品から選んだサーフボード、6"0 × 20 1/2 × 2 5/8。

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